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『籠の中の乙女』


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2009年 ギリシャ
3.8 /5点満点

ギリシャの裕福な家庭に、両親と3人の子供が暮らしていた。両親は外の世界は危険だから出てはいけないと教えており、父親以外の人間が家の敷地から出る事はない。家のぐるりを高い塀が囲んでいるため、外の世界の様子は家からは見えないようになっている。息子と娘二人はそれなりの年齢に達しているが、いやに子供じみて、物を知らない。だが一家は強い結びつきのもと幸せに暮らしていた。そんな中、息子に定期的に性欲処理をさせるために、父親がクリスティーナという女性を連れてくる。息子とも娘たちとも仲良くなったクリスティーナだったが、しかし彼女が持っていた映画のビデオを見てしまった長女は、徐々に外の世界への関心を募らせてゆく……。



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妙に健康的ではあるが実に不健全な生活をしている、異様な家族の物語である。
まず、子供たちには名前がない。「長女」「長男」などと呼ばれるだけだ。彼らは毎日、降り注ぐ明るい陽光の下で、プールに入ったりゲームをしたりして遊んで暮らしている。両親の教育によって、下界を想起させる言葉についてはデタラメな意味を教え込まれている。例えば「海」はアームチェアの事、「高速道路」はとても強い風の事、「ゾンビ」は黄色い小花の事、「電話」は調味料の塩の事だと教わっている。彼らは皆、独裁的な父親からもらえるご褒美のシールを楽しみに、誇りにして生きている。
父親は毎日仕事に出掛けているけれど、家族には「外の世界では命の危険にさらされる」「車が運転できなければ外には出られない」「外に出られるのは犬歯が抜けてから」と徹底的に教え、洗脳している。だから家族は本当に家の敷地から出ない。敷地ギリギリまで行く事はあっても、心底外の世界に怯えた様子を見せ、一歩もそこから動かない。命の危険を守るためには犬の鳴きまねが重要だと父親が教えたために、家族はみな四つん這いになって犬の真似をするのが上手い。
子供たちは何かというと感情の感じられない棒読みのような物言いをし、カルトの集団のように父親を崇拝し、彼の言うなりになっている。

まったく異様な一家であるが、これは言ってみれば、家族が自分から離れて行くのを極端に怖がっている父親の「恐怖」の物語なのだと思う。一般的な家庭のように、年頃になった子供たちが自分を嫌ったり疎んじたりするのが彼には我慢できず、耐えられないに違いない。それを阻止するためにあれこれ洗脳してきたわけだが、わたしはこの父親の恐怖心を、彼と電化製品との繋がりに見て取る事ができる。独自の言葉を生み出したり、はたまた特定の言葉を禁じたりというのはまさにカルトの常套手段で、それによって教祖は信者の思想をコントロールしたがるわけだけれども、この家ではカセットテープレコーダーを使って、独特の(先述の「海」とか「高速道路」とか)言語教育が施されている。また、一家の結束を強める手段としてホームビデオも度々撮影され、その上映会が行われている。父親と母親はセックスの際、ウォークマンか何かでどちらも音楽を聴きながら臨む。きっと好きな音楽を聴いて気分を高めでもしなければ、良いセックスをする自信がないのだろう。或いは、レコード。父親はレコードプレイヤーでフランク・シナトラの「Fly me to the moon」をかける事があるようだが、誰も英語がわからないのを良い事に、家族に忠誠を誓う歌だという嘘を信じ込ませ、デタラメな翻訳をして聞かせている。そして娘やクリスティーナに暴力をふるうシーンでは、ビデオテープやVHSデッキを使って折檻している。彼の恐怖心をなだめ、その解決策を講じる手段として電化製品は欠かせない存在なのだ。

そんな一家の絆にほころびが生じ、破綻するまでを描いた本作。正直楽しい映画ではなかったけれど、興味深い作品だったとは思う。嘘を教え込まれて下界から隔絶させられている人々の話、という点では、わたしは『ヴィレッジ』を思い起こしたりもした。
最後がオープンエンデッドなエンディングになっているのもニクい。わたしとしても長女の試みは成功してほしいが、しかしこの堅牢な「籠」は、そう簡単に逃れられるものでもないような気もしている。




by canned_cat | 2023-03-23 12:38 | その他地域映画 | Comments(0)