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『ロリータ』


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1997年 USA
4.2 /5点満点

「ロリコン」や「ロリータファッション」などの語源となった、ウラジーミル・ナボコフの小説『ロリータ』の2度目の映画化作品。
英国人のフランス文学教授・ハンバートは、14歳の頃に大切な恋人を亡くして以来、その恋を忘れられずにいた。ある時アメリカの大学で教鞭を執る事となり、彼はニューハンプシャー州に住む未亡人シャルロットの家に下宿する事となる。シャルロットには14歳の娘ドロレスがおり、ハンバートは彼女を一目見るなり心を奪われてしまう。やがてはドロレスに近づくため、シャルロットと結婚してドロレスの義父となったハンバート。結局、シャルロットには偽りの結婚であった事が露見してしまうが、折よくシャルロットは交通事故死してしまう。こうして、ドロレスと二人暮らしになったハンバートは、許されぬ恋と知りながら、ドロレスを連れての逃避行に出るのだった。

ドロレスに、ドミニク・スウェイン。


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主題が主題だけに、観ようかどうしようかかなり迷った。若い頃は、たといそれがどんなに倒錯的なものであろうと、芸術や文学が描き出す愛は美しく価値のあるものだと思っていた。が、昨今ではいち大人としての自覚が漸く芽生えだし、法や倫理に抵触するものは頑として肯定してはいけないのだと、それが弱い立場の者を守る為に必要な事なのだと考えるようになってきた。
そういうわけで、私はこの映画の題材を賛美する事はしない。わずか14歳の少女(演じた役者は当時17歳だったそうだが、いずれにしても未成年なので同じ事である)をわざとらしくにエロティックに描き出すその視線も、容認しない。

けれども、ではこの映画の出来はどうだったのかと問われれば、これは「良かった」と言うほかないのである。相手の年齢をさておくとすれば、どうしようもなく辛い恋に堕ちてしまった一人の男の哀しさが、それこそ美しいまでに丹念に描き出されていた。演じたジェレミー・アイアンズの、自らが抱え込んでしまった愛の大きさに弱り切った様子、それに身体を蝕まれさえしかねないほど恋い焦がれる様子には、切なくてこちらの身体が震える程だった。
確かにこのハンバートという男、昔失った恋のせいで少女を恋愛対象とするようになってしまった、単なるロリコンである。成人が未成年を、しかもまだこんな幼い少女を性の対象として見る事は倫理的に許されない。おまけに彼は、ドロレスの義父である。義理の娘に手を出すなどという事も、道徳的によろしくない。そう、この映画はプラトニックなものではなく、二人の関係は肉体関係を含んでいる。
とはいえ、彼の気持ちを見抜き、そこにするりと入り込み、誘惑し破滅させたのは、言ってみればドロレスの方だ。このドロレスという少女、愛称は「ロー」で、ハンバートだけが呼ぶ呼称が「ロリータ」なのであるが、彼女は少女らしく無防備で気ままで奔放でありながら、同時に魔性の性分を生まれながらに持ち合わせているような少女なのだ。彼女はハンバートがどれほど自分を欲しているかをよく知っているし、どうすれば彼をいたぶれるかも知っている。そうやって時に打算的に立ち回ったかと思えば、時に全てに倦んだような倦怠や素っ気なさも見せ、ハンバートをオロオロさせる。この、何とも悪魔的でコケティッシュな少女を、ドミニク・スウェインも巧みに演じていた。
無論、ドロレスがどれだけ小悪魔であろうと、手を出した大人の方が100%悪い。私のその考えは変わらない。が、ハンバートがどれ程この恋に苦しんだかは少なくとも伝わって来た。この恋がどれ程彼にとって唯一無二であったかも、よく伝わって来た。そしてハンバートもドロレスも、どちらのキャラクタも完全に仕上がっていたし、ストーリーの動かし方も魅力的だった。流れる音楽は美しく、気怠く甘い香りが立ち上ってくるような、情景描写にも唸らされる。個人的には間違いなく、この映画は芸術作品の一つだと思う。

私達は、ハンバートの犯した罪を赦してはいけない。だがそれと同時に、彼を憐れむ気持ちも禁じ得ない。愛が狂気にとって変わってしまう可能性は、私達の誰もの心の中に秘められているからだ。




by canned_cat | 2019-03-03 19:07 | USA映画 | Comments(0)