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『未来を花束にして』


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2015年 UK
4.6 /5点満点

まだ女性に参政権がなかった20世紀初頭の英国で、幼い頃から洗濯工場で"洗濯女"として働いて来たモード。工場の労働環境は劣悪で、賃金も低かったが、彼女は同じ工場で働く夫と一人息子のジョージと共に、とりたてて不満のない平凡な毎日を送っていた。
けれども工場で働く女性達の中には、婦人参政権を求める運動の急進派、「サフラジェット」に属する人々がいた。ある日、モードはほんの付き合いで、彼女らと婦人参政権を求める為の公聴会を見学に行く。ところがひょんな事から、モードが"洗濯女"を代表して現状を証言する事となってしまった。急な事で戸惑いながらも、それでもモードは議会を相手に、生まれた環境の貧しさや労働環境の厳しさなどを訥々と訴えた。この件をきっかけに、"自らの意志で違う人生を選択出来る可能性"に気づき始めたモード。彼女はサフラジェットの運動が気になりだし、一回、また一回と運動に参加するようになる。
しかし、過激思想のサフラジェットは既に政府や警察に目を付けられており、取り締まりも厳しく執拗だった。ついには仲間共々モードは逮捕され、投獄されてしまう。一週間の実刑を受け、過酷な獄中生活を経て、心身共にボロボロになったモード。だがそれでも尚、彼女はサフラジェットへの参加を止めようとはしなかった。夫のサニーはそんな彼女に愛想をつかし、家から追い出す。最愛の息子とも離れ離れにさせられ、途方に暮れるモードだったが……。

モードに、『わたしを離さないで』『プライドと偏見』『華麗なるギャツビー』『ドライヴ』 『遥か群衆を離れて』のキャリー・マリガン。
イーディスに、『英国王のスピーチ』『ビッグ・フィッシュ』『眺めのいい部屋』『天才スピヴェット』のヘレナ・ボナム=カーター。
サニーに、『パディントン』『追憶と、踊りながら』『ブライト・スター いちばん美しい恋の詩』『レイヤー・ケーキ』『パフューム ある人殺しの物語』『白鯨との闘い』『ザ・トレンチ(塹壕)』『ブロークン・ポイント』『リリーのすべて』のベン・ウィショー。
スティード警部に、『トロイ』『ヴィレッジ』 『キングダム・オブ・ヘブン』 『マイケル・コリンズ』 『プルートで朝食を』 『ベオウルフ/呪われし勇者』 『アルバート氏の人生』 『ブレイブハート』『推理作家ポー 最期の5日間』『白鯨との闘い』『28日後...』『コールド マウンテン』『Perrier's Bounty』『ある神父の希望と絶望の7日間』『ヒトラーへの285枚の葉書』『グランド・セダクション 〜小さな港の大きな嘘〜』のブレンダン・グリ ーソン。
ヴァイオレットに、『あるスキャンダルの覚え書き』 『終着駅 トルストイ最後の旅』 のアンヌ=マリー・ダフ。
ホートン夫人に、『アメイジング・グレイス』『ブラック・レコード〜禁じられた記録〜』のロモーラ・ガライ。
パンクハースト夫人に、『クレイマー、クレイマー』『ダウト〜あるカトリック学校で〜』『ミュージック・オブ・ハート』『マーガレット・サッャー 鉄の女の涙』『ソフィーの選択』『ディア・ハンター』『ファンタスティック Mr.FOX』 『マイ・ルーム』 『8月の家族たち』 『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』のメリル・ストリープ。


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日本に入って来る前から、その高い評判を聞いて、鑑賞できる日を楽しみにしていた本作。評判通りなかなか優れた作品だった。

この映画は、「未来を花束にして」などという形而上的且つふんわりした邦題(いっそこの題をつけた人間を花束にしてやりたい。簀巻きみたいにして)から想像されるイメージとは程遠い、かなり過激な内容である。といっても、そもそもサフラジェットが過激派を意味するのだから、それは無理からぬ事だ。サフラジェットを標榜する面々は、時に暴動を起こし、時に爆弾であちこちを爆破し、或いは時にハンガーストライキを起こすなど、ある程度まで手段を選ばない。それに対して警察の方も、手段を問わず立ち向かってくる。サフラジェットの女性達を誰彼構わず殴打し、刑務所にぶちこみ、ハンストを起こす相手には強制摂食で拷問するなど、それはそれは酷い惨状が、画面に映し出される。
私は非暴力主義の平和主義者なので、本来、何であれ暴力を伴う過激な運動には賛成出来ない。しかしサフラジェットのリーダー、パンクハースト夫人は言う。"私達は50年もの間、平和裏に参政権を求めて来た。それでも叶わないのなら、最早行動を起こすしかない"と。恐らく彼女達(少なくともその一部の人々)も、好きで過激な行動に走っているわけじゃないのだろう。長年平和に訴えても世の中が変わらないので、最終手段に出たのだ。しかも彼女達は何も、不道徳な事や無理無体な事を求めているわけでもない。同じ人間として、男性と同様の権利を求めているに過ぎない――それなのに長い事、それはもう長い事、歴史は変わらなかった。
本作は、そんな理不尽な世の中にあって、過激な手段に出てまでも参政権を求めて必死に闘った、不屈の女性達の姿を描いた映画である。

主人公のモードは、元々は婦人参政権運動の参加者ではなかった。彼女は貧しい労働階級の女性で、教育も全く受けていない。それでも、夫と息子との暮らしというささやかな幸せは手に入れていた。
が、ひょんな事からサフラジェットと関わりを持つようになった彼女は、公聴会の席で気づくのだ。法がもっと女性に優しければ、違う生き方も出来るのかもしれないと。そして、参政権が与えられれば、それは自分の手で選べるものになるのだと。それまでも彼女は、上司のセクハラや男性工員に比べ女性工員の賃金が少ない事など、社会に不満がないわけではなかった。けれども恐らく、教育を受ける機会がなかった事や、そんな時間もなかったせいで、それらについて深く考える事が出来なかったのだと思う。
ともかくも、一旦新しい可能性に気が付いたモードは、ほんの少しずつ、恐る恐る、運動に加わっていく。この時も、彼女はいきなり急進派になったりはしなかった。暫くの間は、時折迷いを見せたり、警察を恐れたり、夫に気兼ねしたりと、当時のごく普通の女性らしい行動を取るのだ。
しかしである。奇しくもサフラジェットに加わる中で、彼女は現行の法律が如何に女性差別的なものであるかを、身をもって知る事になる。サニーに追い出され、息子に会わせてもらえなくなっても、法はサニーの方に味方をする。そう、女性には親権がないからだ。参政権運動で逮捕され、刑務所で不当な目に遭っても、女性達は政治犯とすら見做されず、一切の権利を認められない。こうした現状を目の当たりにした事で、モードは一歩また一歩と、サフラジェットの道を先に進んでゆく。

そんな光景を見て、生まれた時から成人女性に参政権がある社会で育った私は、つくづく、考えさせられてしまった。
彼女達はなぜ、参政権を求めたのか。男性と同じ権利が欲しかったから? 過激なムーヴメントを起こしたかったから? 先進的な主張をする事で、仲間内で評価を得たかったから? どれも答えはNOだ。民主主義社会にあって、自分の人生を自分で決められる世の中、そして自分達が安心して暮らせる世の中を作るために政治に参加する権利が与えられる事がどれほど大事か、彼女達は思い知らされていたからに他ならない。
私は選挙権を放棄した事が一度ならずある。やむを得ない事情の時もあれば、政治に絶望して、つい諦めてしまったという理由の時もあった。いずれも、今よりずっと若かった時の事だけれど。当然の事ながら、選挙権を行使するもしないも個人の自由だから、この事で誰かに非難される謂われはない。が、今後、選挙権を行使する場合も、しない場合も、出来ない場合も、私達女性が参政権を得るまでにどれほどの犠牲が払われ、どれほどの過酷な闘いが繰り広げられたのかをよく考え、その果てに今自分が保有している一票を投じる権利の重み、それだけは、忘れないでいたいと思った。

エンドロールでは、世界各国に於いて女性参政権が認可された年が文字で流れた。本作制作時点で最も遅かったものが、サウジアラビアの2015年。政治に参加させてもらえずに苦しみ闘う女性達の話は、世界全体で見れば、決して遠い昔の事ではないのだ。参政権に限った事でもないが、女性に不当な扱いをする社会、或いは女性でなくとも一定の状況下にある一部の人々を差別する社会には、一刻も早く終焉を迎えて欲しいものである。




by canned_cat | 2018-07-09 18:59 | UK映画 | Comments(0)