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『ザ・メニュー』


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2022年 USA
4 /5点満点

どこかの海に浮かぶ離れ小島にそっと佇む、なかなか予約の取れないセレブ御用達のレストラン「ホーソン」。コース料理が1人1250ドルもするというこのレストランには、この日、美食家のタイラーとそのパートナーのマーゴをはじめ、辛口で知られる料理評論家の大御所や、映画スター、IT長者たちなど約十名が続々と船で集まった。超有名シェフであるスローヴィクの指揮の下、テーブルには独特な趣向を凝らした料理が供されていく。が、メニューのコンセプトは次第に客を嘲るかのような悪意あるものとなり始め、客たちはざわめきだす。一人無邪気に一流料理に感激しているタイラーをよそに、不愉快な気分を募らせるマーゴだったが……。

マーゴに、『EMMA エマ』のアニャ・テイラー=ジョイ。
スローヴィクに、『ナイロビの蜂』 『タイタンの戦い』『グランド・ブダペスト・ホテル』『ある公爵夫人の生涯』『胸騒ぎのシチリア』 『MI5:消された機密ファイル』 『愛を読むひと』『大いなる遺産』のレイフ・ファインズ。
リリアン・ブルームに、『アルバート氏の人生』 『ハンナ・アーレント』 『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』のジャネット・マクティア。
映画スターに、 『セントアンナの奇跡』のジョン・レグイザモ。


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アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』よろしく選ばれし客たちが船で孤島に集められ、宮沢賢治の『注文の多い料理店』のようにあちこち連れ回され、ドラマ版『ハンニバル』のレクター博士並みのイカレたシェフのもとへたどり着くと、悪趣味すぎる料理の数々に『ザ・スクエア 思いやりの聖域』ばりの気まずい思いをさせられて、最終的には『ミッドサマー』にも似た狂気のエンディングがあなたを待っている、そんな映画である。つまるところこの手のスリルはどこかで既に味わったような気もしつつ、主にキャストの演技力とテンポが良く飽きさせない展開のお蔭で、本作は優れたスリラー映画の1本として数え挙げる事ができそうだ。

シェフのスローヴィクは、一見穏やかそうな表情を浮かべながら、実際には有無を言わさぬ物凄い圧力で料理を出し、またそのコンセプトについていちいち露悪趣味のご高説をぶつ。彼はこの日の夜、「私の作品」だという料理によって客のスキャンダルを次々に暴き、同時に料理によって客たちを非難し、そして料理によって攻撃し、全員を恐怖のどん底に陥れてゆく。誰かが腹を立てようと、店から逃げ出そうと試みようと、軍隊さながらに統率のとれた忠実な従業員たちがそれを許さない。やがて事態は流血の惨事にまで発展するが、そもそもここは電波の届かない離れ小島であるからして、簡単に助けも呼べない……。
いやあ、怖かった。ホラーでは全くないけれど、サイコスリラー的な意味で怖かった。行きたくないレストランランキング、ぶっちぎりでナンバーワン。レストラン映画なのに、こんなにも食欲をそそられない(むしろ減退する)作品も珍しい。出てくる料理がどれもこれも悪趣味なのはもちろん、あんな威圧的で自己主張の強いシェフの料理は食べたくないし、本当に軍隊みたいな、いっそ洗脳でもされてるかのような料理人たちが一糸乱れず姿勢を正して「イエス、シェフ!!」とか叫ぶレストランなんて、絶対に嫌だ。

この日、スローヴィクはなぜ客たちをこんな目に遭わせたのかというと、単にブルジョワが大嫌いだからである。彼は生来ブルジョワの奴も大嫌いなら、かつての志を捨ててブルジョワ的考え方になり下がった奴も大嫌いだ。スローヴィクという人はバーガーショップからスタートして、苦労を重ねて料理界でのし上がり、高級レストランを開くまでになったにもかかわらず、客は誰も自分の料理を理解しない上、「一流レストランの食事」で虚栄心を満たす事しか考えていない人間ばかり。多分、日頃からそういうブルジョワな客たちに辟易していて、そしてどこかの時点でプツンとキレてしまったのだろう。そこで彼は常連客の中でも特に嫌味な連中や、予約客の中でも特にいけ好かない連中を集めて、料理で復讐する事を決意したのだ。
事実、この日のディナーに居合わせた約十名の客のほとんどが、浅はかで間抜けなセレブ気取りたちなのだった。IT長者のグループは一品一品の造形の美しさを鑑賞する目を誰も持ち合わせておらず、かと思えば料理そのものより料理を評価する自分の言葉に酔っている批評家とその腰巾着がいたり、中でも傑作なのは主人公マーゴの連れ合いのタイラー。彼はスローヴィクに心酔しており、何が出てこようと、それがどれほど自分を嘲笑していようと、スローヴィクの料理を味わえる幸運に涙まで流して喜んでいる。こうなると、なんだかスローヴィクの言い分にも一理ありそうに感じられなくもない。だが忘れてはいけない。彼は完全に狂っている。誰も自分の料理の素晴らしさを理解してくれない!! とか言って客を恨み、復讐に走り、人を死なせるような料理人は何をどう考えてもトチ狂っている。復讐劇を完遂することで己の「作品」が「完成」する瞬間を恍惚として待ち望むスローヴィクの姿は、もはやドリフのコント(「もしも高級レストランのシェフがブルジョワ嫌いだったら……」)の究極版である。

実際、本作のストーリーは空恐ろしい反面、どこかしらに常に滑稽味が感じられた。エゴ丸出しのみっともない客たちの存在もそうだし、彼らを批判しながら同じくらいエゴむき出しの幼稚なシェフの存在もしかり。そしてそんなシェフにじっくりと「料理」されていってしまう、小心な客たちの心理もそう。特段おかしいシーンではないのに、情けなさ過ぎて、あるいは馬鹿馬鹿しすぎて、時折笑えてしょうがなかった。
ただし、こうした面々とは一線を画すのがアニャ・テイラー=ジョイ演じる主人公の存在である。彼女は誰よりしたたかで現実的で、タイラーには「馬鹿にされてるのがわかんないの?」とピシャリ、シェフにも「何を食べるか食べないかは私の自由よ」とピシャリ。媚のない低い声音で小気味よく喋る彼女がこのディナーとどう対峙するのか、そこが大きな見所の一つとなっている。もちろん、スローヴィクを演じた不気味過ぎるレイフ・ファインズや、いつも顔は笑っているのに目が笑っていない給仕長(?)を演じたホン・チャウなんかの迫力の演技も、本作の魅力を語る上で欠かせない要素である。




# by canned_cat | 2024-01-22 21:05 | USA映画 | Comments(0)

『パーフェクト・ケア』


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2020年 USA
4.4 /5点満点

司法が定めた法定後見人として、数多くの高齢者らの世話に従事するマーラ・グレイソン。本来、加齢や病気などにより判断能力の衰えた被後見人が損害を被る事のないようサポートするのが仕事であるはずの彼女は、しかし、共に働く恋人のフランや医者および介護施設の職員と結託して、良いカモになりそうな高齢者に対して片っ端から要介護の診断を出させ、家庭裁判所から後見人として認めてもらうやいなや被後見人を介護施設に放り込んで自由を奪い、表向きは必要な経費や報酬を捻出するためとしながら彼らの資産を好きなように売却し私腹を肥やすという、合法的に悪事を働く人物だった。
もっともっと他人から資産を分捕って大金持ちになるつもりでいるマーラは、ある日新たなカモを医者から紹介される。ジェニファー・ピーターソンという名の70代のその女性は、資産家ながら身寄りが一人もおらず、即ち彼女の財産をどうしようが文句をつけてくる人間は誰もいない。おまけにジェニファーは銀行の貸金庫に極めて貴重なダイヤモンドまで隠し持っていたとわかり、有頂天になるマーラとフラン。ところがどういうわけか、身寄りのないはずのジェニファーには実は息子が存在していた。急に姿を消してしまった母親の行方を追う彼は、なんとマフィアのボスだった……。

マーラに、『プライドと偏見』『フラクチャー』 『しあわせはどこにある』 『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』『ゴーン・ガール』『ナチス第三の男』『エンテベ空港の7日間』『海賊じいちゃんの贈りもの』『プライベート・ウォー』のロザムンド・パイク。
マフィアのボス・ローマンに、『ペネロピ』『ハウエルズ家のちょっとおかしなお葬式』『スリー・ビルボード』『ピート・スモールズは死んだ!』『孤独なふりした世界で』のピーター・ディンクレイジ。
フランに、『ベイビー・ドライバー』のエイザ・ゴンザレス。
サムに、『みんな元気』『オーシャンズ8』、ドラマ『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』のダミアン・ヤング。


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なんともパワフルなサスペンス。性悪で高慢で意地汚い悪人が主人公の話でありながら、彼女と作品そのものが持つあまりにも強烈なパワーに圧倒されて、2時間くまなく楽しんでしまった。

マーラの強みは、何と言ってもこの悪事が「合法」である点にある。主治医が「緊急に要介護の認定が必要」だと申請すれば、弁護士はおろか本人さえ不在のまま家裁で裁判が行われ、何しろ診断書があるわけだから認定は下されて、速やかに後見人が立てられる。マーラは表向きは親切な善人を装っているため、既に家裁の裁判官からの信頼は篤い。かくして本人(ターゲットである高齢者たち)も知らない間に要介護の裁判所命令を持った後見人が出来上がり、そして突如として彼らの家のドアをノックするのだ、本人が抵抗する場合に備え警察官まで連れて。マーラは引き続き親切そうな顔で裁判所命令ですと言って被後見人である高齢者を車に押し込み、不服がある場合は後日申し立てもできますからと言いながら介護施設へ連行する。施設では職員全員がにこにこと微笑みを浮かべているが、被後見人が何を言おうと認知症のお年寄りのうわごととしか受け取られないし、暴れた場合には容赦なく拘束されたり鎮静剤が打たれたりする。携帯なんかは当然没収されるので誰にも連絡できず、もっともらしい理由をつけて家族の面会もマーラによって制限されてしまう。切れ者のマーラは弁が立つから、親族が裁判を起こしてもおよそ勝ち目はない。

これだけの仕組みを考え付くマーラ、そして医者や施設の人間まで抱き込むマーラは犯罪者として非常に優秀なんだろう。が、お年寄りとはいえまだ健康な人間の自由を全部奪うだなんて、こいつに人の心があるとは到底思えない。「年寄笑うな行く道じゃ」って言葉を知らないのだろうか? あんたもやがて歳をとって、ターゲットにしている人達の立場になるのよ? 犯罪にも色々あるけれども、マーラの場合はとりわけ非人道的という感じがして、初めはわたしも怒りがわいて仕方がなかった。あの嫌味なくらいきっちり切り揃えたおかっぱにも腹が立った。
しかしマーラにとって自業自得なことに、血も涙もないマフィアのボスという、手出しをしてはいけない人種の家族に彼女はうっかり手を出してしまう。手始めにローマンが弁護士を送り込んできた時には彼女は高をくくって追い払ったりしていたが、観ているこちらは、おやおやそんな態度でいたら泣きを見るぞ、と思わずほくそ笑み、この後マーラとその一味にいよいよ天罰が下る瞬間を今か今かと待ち受けたものだった。

だが、正直に言おう。わたしの考えが甘かった。マーラ様はそんじょそこらの犯罪者とも違えば、そんじょそこらの守銭奴とも違う、筋金入りの超絶タフガールなのであった。
発言から察するに恐らく機能不全家庭に育ったのであろう彼女は、とにかく持っている野心の格が違う。彼女は何がなんでも絶対に勝ち組になるつもりであり、何が何でも絶対に大金持ちになるつもりであり、何が何でも絶対に大成功してやるつもりであり、「I don't lose. I won't lose.」であり、ゆえにたとえ相手がマフィアだろうと、そしてどんな目に遭わされようと絶対に生き延びてやるつもりの、信じがたいほどの度胸と根性の持ち主であり、しかもやられたらやり返す気も満々で、且つそれを有言実行していく、凄まじいガッツと生命力のあるキャラクターなのだ。いや、さすがに相手がマフィアだとわかった時は「やばいぞ」ぐらいは思ったかもしれないけれど、だからといってもちろん屈する気などありはしない。そんな状況でも強気に計画を立て、いつも以上に容赦なく悪事を働き、あたしはのし上がってやるのよ!! 的なオーラ全開で、勝利を目指して前進し続ける。そう、マフィア相手でも怖気づかない女、それがマーラだ。成功を手にするまでは殺されても死なない女、それがマーラなのだ。
ぶっちゃけ、悪人もここまで肚が据わっているといっそ天晴である。もはや一種のたくましいガールズパワーを見せてもらった気分だ。だいいち、相手もマフィアなんだから当然悪人だ。悪に悪を懲らしめてもらって悦に入っても、どだい仕方のない話だろう。ならばこうしてとことんまで負けん気の強い不屈の精神を見せてもらった方が、かえって爽快というものだ。

主演のロザムンド・パイクは、近年では頓にその高い演技力を買われて数多くの優れた面白い作品に出演しているわけだが、今回も見事な活躍だった。ド根性犯罪者というどう考えても難しい役どころを、素晴らしく巧みに体現していたと思う。それからマフィアのローマン役のピーター・ディンクレイジ、彼もすごく良かった。あれだけ小柄にもかかわらず、全身からにじみ出るやんごとなき人としてのオーラ、恐ろしさ、迫力。加えて、絶妙にちょっぴり添えられる可笑しみ。このマフィア役は万人に強い印象を残すと思うし、今後こういう悪役のオファーが殺到するんじゃないだろうか。




# by canned_cat | 2024-01-06 23:17 | USA映画 | Comments(0)

『ぶあいそうな手紙』


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2019年 ブラジル
4.7 /5点満点

46年前にウルグアイからブラジルに移住し、妻が死んでからは一人暮らしのエルネスト。78歳となりろくに目も見えなくなった彼を息子は心配し、アパートを売って一緒に住もうと提案するが、エルネストは気乗りがしない。そんな折、ウルグアイに住む幼馴染の女性ルシアから手紙が届き、どうやら夫を亡くしたという報告らしいのだが、エルネストの視力では手紙が読めないため、ひょんな事から知り合った上階の住人の姪だという若い女性・ビアに代読してもらう。ビアは当初素行の悪いところを見せるも、根は正直で思いやりもある女性で、のみならず暴力を奮う元恋人に苦労させられているという事もわかり、エルネストとビアは互いの面倒を見合う形で親しくなってゆく。ビアの代筆のお蔭でルシアとも素敵な文通が始まり、エルネストの人生はにわかに華やいでゆくのだったが……。

エルネストに、ホルヘ・ボラーニ。
ビアに、ガブリエラ・ポエステル。


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とても良い映画だった。温かみのあるキャラクター達が、センスとユーモアのある台詞で繰り広げる、味わい深い人間ドラマである。

エルネストはほとんど目が見えないものの、慣れ親しんだ勝手のわかる自宅に愛着があるようで、週に一度やってくる家政婦さんと隣に住む友人ハビエルの助けも借りながら頑張って自立して生活していた。しかし、夫妻そろって幼馴染だったルシアからせっかく届いた手紙を読もうにも、ハビエルは未亡人と恋のチャンスだとか言って不謹慎に茶化すし、家政婦さんはあまりスペイン語(ウルグアイの国語)がわからないしで、いつまでたっても読む事ができない。そこで偶然出会ったビアに代読を頼むわけだけれど、パンキッシュなスタイルとベリーショートがよく似合うこのビア、いきなり内緒で勝手にエルネストの家の鍵を持ち出したり、彼のお金を盗んだりと、いかんとも行状がよろしくない。果たしてこの娘を近寄らせていいものかしら? エルネストを苦しめるんじゃないでしょうね……と観ていて不安で仕方なかったが、当のエルネストの方はいたって大らか。彼は早くからビアの行いに気づいていて、それに気づかないふりをしてやった上で、また来てくれとさえ頼むのだ。
それがなぜだったのかはっきりとはわからないけど、彼はビアの手紙の朗読の仕方や、飾らないところ、けっこうよく気の付くところなどが気に入っただけでなく、例えばお金を盗んだのも何か事情があるのかもしれないとか、きっとそういう寛容なものの考え方が元々出来る人なのだろう。それはエルネストの日頃の言動からもよくわかる。彼の物言いには思慮深さが感じられるし、ちょっと頑固なきらいはあれど、本をよく読み詩や歌を愛する彼の佇まいそのものからして、いかにも感性が豊かそうだ。そんなエルネストが主人公であるお蔭で、この物語の根底には鷹揚さと、他人を理解しようとする賢明さとが感じ取れる。

さて、一方のビア。彼女はあっけらかんとして健康で元気な今風の若者という印象だが、どうも生まれ育った環境でだいぶ苦労してそうな事が窺える。お金もなく、住む場所も定まっておらず、おまけにDV野郎につきまとわれて、これは確かに放ってはおけない感じだ。彼女もスペイン語話者ではないけれど、そもそもスペイン語とポルトガル語はかなり似ているという事情も手伝って、一生懸命ルシアからの手紙を読み、エルネストの返信の口述筆記も務めてくれる。そして率直で物怖じしない彼女は、気持ちの伝わる手紙の書き方をエルネストに教えてくれ、その甲斐あってルシアといい感じの文通が続く事になり、なんだかんだいって「恋のチャンス」が開けていくエルネスト(いいの?笑)。やがてビアを家に住まわせてやったり元恋人から助けてやったり、彼の方でも何くれとなく世話を焼いてやる事になる。

つまり簡単に言うと互いに助け合う老人と若者の、世代を超えた友情の話だ。そういう筋書きの映画はさして珍しくない。けれどこの作品にユニークな点を挙げるなら、いかに世代が違えど、人が物質的にも心理的にも互いにシェア出来るものがどれほど多いかについて、そして心の通じ合った人と多くのものを共有する世界はどんなに色鮮やかに見えるかについて、観客の目を開かせてくれるところではないかと思う。また、全く縁のなかった赤の他人同士でも、どれほどたくさんの点で思いやり合えるかについても。本作の原題は「Aos Olhos de Ernesto」といい、ググったところによれば「Through Ernesto's eyes」といった意味らしいが、そう、もちろん観客のみならず、エルネストのよく見えない目にも、映る景色の彩度はビアと出会って以降格段に高まった事だろう。
なおわたしが最も感心したのは、エルネストが「老い」と「若さ」について──この先いよいよ老いて行く自分の人生と、これからまさに始まろうとしている若いビアの人生について──よくよく考えて、最後に勇気ある一つの決断を下したところである。友情の話だけにただ終始して終わらず、主人公である老人が「未来」についてとことん考え、そして勇敢にも一歩踏み出した結末。この結末あってこそ、本作の深い味わいは何倍にも増すのである。




# by canned_cat | 2024-01-04 21:30 | その他地域映画 | Comments(0)


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2022年 アイルランド・UK・USA
4.5 /5点満点

1923年、アイルランドの小さな孤島イニシェリン島。妹と二人暮らしのパードリックは、ある日、いつものように親友のコルムをパブに誘いに行くが、コルムはなぜかパードリックのおとないに返事をしない。不審がるパードリックをよそに、結局後からパブに現れたコルムは、パードリックとは一緒に飲みたくないしもう話もしたくないと言う。彼と揉めたおぼえが全くないパードリックは、慌てて原因を考え、酔ってひどい言動をしたのかもしれないと謝罪の言葉を口にする。しかしコルム曰く、お前は何もしていないが、お前の退屈な話はもう聞いていられない、残りの人生は思索と作曲に費やしたいから放っておいてくれ……そう言ってパードリックを徹底的に拒絶。それでもパードリックは納得できず、あれこれとコルムを追いかけて話しかけるのだったが、ついにコルムは、もしまた話しかけてきたら、フィドル(アイリッシュ音楽で使うヴァイオリン)を弾くための俺の大事な指を1本ずつ切り落とす、と宣言する。

監督は、『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー。
パードリックに、『オンディーヌ 海辺の恋人』『ダブリン上等!』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』 『ブレイン・ゲーム』『ロブスター』『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』『セブン・サイコパス』『ジェントルメン』のコリン・ファレル。
コルムに、『トロイ』『ヴィレッジ』 『キングダム・オブ・ヘブン』 『マイケル・コリンズ』 『プルートで朝食を』 『ベオウルフ/呪われし勇者』 『アルバート氏の人生』 『ブレイブハート』『推理作家ポー 最期の5日間』『白鯨との闘い』『28日後...』『コールド マウンテン』『Perrier's Bounty』『ある神父の希望と絶望の7日間』『ヒトラーへの285枚の葉書』『グランド・セダクション 〜小さな港の大きな嘘〜』 『未来を花束にして』 『パディントン2』 『バスターのバラード』『ロンドン、人生はじめます』『アサイラム 監禁病棟と顔のない患者たち』のブレンダン・グリ ーソン。
妹のシボーンに、『ケリー・ザ・ギャング』 『終着駅 トルストイ最後の旅』『スリー・ビルボード』のケリー・コンドン。
近所のドミニクに、『ダンケルク』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』 『アメリカン・アニマルズ』『ベルファスト71』『リベンジャー・スクワッド 宿命の荒野』のバリー・コーガン。


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新年明けましておめでとうございます。今年もたまにブログを更新していけたらと思っています。よろしくお願いいたします。

さて、昨年の映画納めとして鑑賞したのがこちら。各所で評価の高い作品だけれど、それも納得の出来栄えだった。暗い映画かと思ったら案外笑えるシーンが沢山あって、ドラマは良く練られているし風刺も効いているし、ロケ地には風情があるし、もとより主演の二人は間違いない演技派だしで、実に見応えを感じられる1本だった。

パードリックにはコルムから拒絶される原因に本当に全く心当たりがなく、少なくとも物語の中盤までは、「いきなりどうしちゃったんだよ……」という寝耳に水の心持ちでおろおろしたり、その後で憤ってみたり、かと思えば不安や恐怖に駆られてみたりと、そんな憐れな姿が映し出される。ただ、まぁ情けない事にわたし自身にも身に覚えがあるのだけれど、こういうのって異変に気づいていなかったのは本人だけで、相手にはもうずっと前から思うところがあったのであり、決して「いきなり」こうなったわけではないという場合がほとんどだ。熟年離婚なんかがその良い例である。三行半を叩きつけられた大抵の夫が「急に何だよ」とびっくりするらしいが、奥さんの方はもう数十年来わだかまりを抱えていたしそのサインも出していたのに、パートナーの気持ちに疎くなっている夫が何にも気づかず、いつまでたっても危機感を持たずにいた、そこに原因があるケースが非常に多いと聞く。現にパードリックは、罪のない隣人に対して「お前の父ちゃん危篤だぞ」なんて不謹慎な嘘をついて悪びれもしないような人間なので、長年の友人に嫌われたのだとしても特段不思議はなさそうに思う。そして事実、「お前の事がもう好きじゃないんだ」と言うコルムに対し「でも昨日は好きだったろ!」と詰め寄ったところ、「へえ、そうだったか?」とあっさり返される一幕もある。

しかし、一方のコルムもコルムで何だか変なのだ。これだけとことんパードリックを避け、拒絶している理由が「思索と作曲に没頭したいから」だというのはちょっと腑に落ちないというか、割に合わない気がする。何せもう一度話しかけたら自分の指を切り落とすと脅し、しかもそれを実行するのだ。こうなるともうパードリックへの感情は「好きじゃない」どころか、憎しみ、恨み、憎悪、その類にしか見えない。あたかもゴーギャンと仲違いして自らの耳を切り落としたゴッホのように、猟奇的に自分の肉体を傷つけてまで相手に当て付けてみせるコルムには、充分すぎるほどの狂気を感じる。ところが、それにもかかわらず彼は、時々パードリックに情けをかけてやったり、「お前には悪いと思っているけど」とか済まなそうに言ってみたり、肝心なところでいまいち態度が一貫しない。一体全体、コルムは本当は何がしたいんだ? きっとパードリックに原因があるんだろうと推測する反面で、そんな疑問がずっと拭えず、そして最後までその疑問に返事がもらえる事はなかった。

ただ、これは映画本編とは関係なくなってしまうけれども、ちょうど今読んでいるアイルランド人作家セバスチャン・バリーの小説『終わりのない日々』に、一種の答えと言えなくもない話が書いてあった。引用させてもらおう。
「とにかく、アイルランド人は文明人のお手本とは言いがたい。悪魔の服を着た天使かもしれないし、天使の服を着た悪魔かもしれないが、どちらにしても、アイルランド人の中には同時にその両方がいると思った方がいい。人助けも中途半端なら、人を裏切るときも中途半端だ。アイルランド人の兵士は戦場でいちばん勇敢だが、いちばん臆病でもある。それがどういうことなのか私には分からない。人殺しのくせに心優しいアイルランド人を私は見てきた。どちらも同じ一人の人間で、心の中にはおっそろしい炎を秘めてる。まあ言ってみれば、鎧に覆われた火床みたいなもの。アイルランド人ってのはそういう人間だ。アイルランド人をだまして五十セントくすねたりしたら、仕返しに家を燃やされる。恨みが募ってころっと死にでもしない限り、復讐の手を止めることはない。」
なるほど、この語り手の言い分を鵜呑みにして良いのだとすれば、なんだか納得できる気がする。つまりこれは、両極端な人間性を併せ持つというアイルランド人らしい気質の二人の男性が仲違いする話であり、だからこそこんな突拍子のない展開になったり、登場人物がわけのわからない行動に出たりするのだろう。そしてこの仲違いは、その悪感情がコルムからパードリックへ一方的に向けられるものではなくなった時、より一層面白味が増す事になる。何故か? それはアイルランド人らしい手段に出る人間が二人に増えるからである。何なら最後の方に出てきた死体だって、犯人はパードリックじゃないかとわたしは怪しんでいるくらいだ(根拠はないけど)。
時は1923年、イニシェリン島から海を隔てて見渡せるアイルランド本土では、イギリスからどう独立するかを巡って内戦が起きており、その砲火の爆音が島にも日々轟いてくる。だがイニシェリン島の住人達はまるで対岸の火事という態度で、同胞同士が無益に殺し合うのをさも馬鹿馬鹿しげに遠目に眺めている。そこに本作に込められた皮肉の根幹があるわけだが、しかし、同じ小さな小さな島の中で血みどろになって仲違いするパードリックとコルムだって、充分に無益で馬鹿馬鹿しい。アイルランド人二人でもこうなんだから、そりゃ何百万人もいる本土じゃあ、内戦だって起きるんだろう。




# by canned_cat | 2024-01-01 16:54 | アイルランド(系)映画 | Comments(0)

『コロニア』


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2015年 ドイツ・フランス・ルクセンブルク
3.9 /5点満点

1973年。情勢の不安定なチリで政治運動に関わっているダニエルと、彼に会いにドイツからやって来た恋人のレナは、束の間幸せな日々を過ごすが、ついに軍事クーデターが起こり、二人とも反体制派として軍部に捕らえられてしまう。その後レナは解放されるも、ダニエルは反体制グループとの深い関わりを知られてどこかへ連行される。様々な伝手を頼った結果、彼が連行されたのは秘密警察の収容所「コロニア・ディグニダ」だと知ったレナ。人里離れた場所に建つコロニア・ディグニダは、表向きは慈善団体を謳っているが実際は信者を徹底的に支配するカルト集団の居住地で、教皇と呼ばれるリーダー、パウル・シェーファーのもと、軍部に協力して拷問や人体実験なども行われている場所だった。一度入ったら出られないという噂のコロニア・ディグニダに、ダニエルを救い出すべく、レナは正体を偽って入所するのだったが……。

レナに、『バレエ・シューズ』『マリリン 7日間の恋』『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のエマ・ワトソン。
ダニエルに、『グッバイ、レーニン!』『青い棘』『ラヴェンダーの咲く庭で』『パリ、恋人たちの2日間』『サルバドールの朝』『ベルリン、僕らの革命』『コッホ先生と僕らの革命』 『ナチスの墓標 レニングラード捕虜収容所』 『みんなで一緒に暮らしたら』 『フィフス・エステート 世界から狙われた男』 『血の伯爵夫人』 『黄金のアデーレ 名画の帰還』『イングロリアス・バスターズ』『ラッシュ/プライドと友情』『EVA〈エヴァ〉』『イントルーダーズ』『誰よりも狙われた男』『二ツ星の料理人』『ヒトラーへの285枚の葉書』『天使が消えた街』 『ユダヤ人を救った動物園 〜アントニーナが愛した命〜』 『僕とカミンスキーの旅』 『エンテベ空港の7日間』、ドラマ『エイリアニスト』のダニエル・ブリュール。
パウル・シェーファーに、『歓びを歌にのせて』 『エウロパ』『ハンターキラー 潜航せよ』『名もなき生涯』のミカエル・ニクヴィスト。
ウルセルに、『誰よりも狙われた男』『マルクス・エンゲルス』 『もうひとりのシェイクスピア』 『ファントム・スレッド』 『最後のフェルメール ナチスを欺いた画家』のヴィッキー・クリープス。


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コロニア・ディグニタ(以下「コロニア」)は実在の施設である。本作では言及されなかったが教皇ことパウル・シェーファーはなんとナチスの残党で、そもそも子供に対する性的虐待によりドイツを追われた人物だという。そんな人間がトップに君臨するこのコロニアは1960年代に設立され、拷問・性的虐待・人体実験などを繰り返し、多数の「行方不明者」を出しながら、30年以上も存続した。これは余談になるが、シェーファーが去った後も施設はヴィージャ・バヴィエラ(Villa Baviera)と名前を変えて運営が続けられ、相変わらず黒い噂が絶えないものの、今ではレストラン兼宿泊施設となっているらしい(泊りたくね~~~)。ご興味がおありの向きは施設名で検索されるといい、「三ツ星ホテル」とかいって普通にホテル予約サイトに名前や写真が出てくるはずだ。

電流が流れている有刺鉄線で物々しく囲まれたこのコロニアでは、信者たちが男性と女性と子供とに分かれて暮らしている。男性は皆武器を持ち、優位な存在として扱われる。女性は過酷な労働を強いられ、暴力の対象となり、虐げられる。子供は、男の子のみ教皇の慰み者となる。何しろ時の政権を握っている軍部が肩入れしているわけだから、誰にも手が出せない。収容されたダニエルはひどい拷問を受けて重傷を負うも、そのせいで頭がおかしくなった振りをして何とか生き延びる事に成功した。
そんなコロニアに、ひどい場所だと知りつつも単身で乗り込んだレナ。彼女には特別な算段はなく、もちろん武器もない。とにかくダニエルが心配で、放っておく事ができず、何もかも投げ出してやって来たのである。無謀といえば無謀、無鉄砲といえば無鉄砲、考えなしといえば考えなし、でも、こういう気の強さは個人的には嫌いじゃない。彼女はその後も、ダニエルに遭遇できるチャンスと知れば進んで身を危険に晒したりする。どうも「時機を待つ」とかそういう事が苦手な御仁のようではあるが、実際問題、待っていても恋人を無事に救出できるとは限らないんだから、思い立って即行動に移すその行動力と気丈さは感心するに値する。演じているのが凛々しい眼差しをしたエマ・ワトソンだから、余計にそう感じるのかもしれない。
一方のダニエルを演じたダニエル・ブリュールは、元々、体制に立ち向かう若者を演じさせたらピカイチの俳優だ。そんな彼とエマ・ワトソンのカップルは、筋の通った恋人同士という印象で、おそらく誰が見ても好感度が高いだろう。あるいはパウルを演じたミカエル・ニクヴィスト。彼もパウルの気持ち悪さを余すところなく体現していて、言葉の言い方の一つ一つ、何なら呼吸の仕方の一つ一つまでが、見ていて実に気持ち悪かった。つまり配役に関しては、いずれも大正解だったと私は思う。

しかし、実在した恐ろしいカルト集団の実情を暴いてみせる映画にしては、なんだかちょっと、軟派な出来になっていたように感じている。多分、サスペンス要素よりもラブロマンス要素の方が比重で上回ってしまっていて、それがコロニアの中のあまりにも非人道的な描写ととちぐはぐなコントラストを成してしまっていたのだ。恋人たちが出てくる分には構わないけれど、ここまでひどいカルト及びそれを許した政治を題材にするなら、やはりもっと甘さを減らして、辛めの味付け(社会派寄りの)にした方が良かっただろう。サスペンス要素に関しても、比重を増やせばいいというものでもない気がする。特に脱出を試みる件りなど、ちょっと作り手にとって都合の良い展開がいくつも目についてしまった。いや、批評家たちの言うほど悪い出来ではなかったと私は思うのだけど、もうちょっと頑張れたんじゃないかな、という印象が残ったのは確かだ。

ちなみに、このコロニアを入居者の少年の目を通して描いたスリラー『コロニアの子供たち』という映画が、折しも先月から公開され、今も一部地域で上映中なのだそう。巷の評判はあまり芳しくないようだが、どうせ一方を観たのなら、もう一方も観てみようか。




# by canned_cat | 2023-07-27 20:03 | その他地域映画 | Comments(0)