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2016年 UK
3.9 /5点満点

1940年のロンドン。ドイツからの空襲が続くこの時期、英国政府は国民の士気を高めるべく、プロパガンダ映画の制作を進めていた。人手不足も手伝って、新作映画の脚本家の一人として新しく雇用されたのは、今までコピーライターの秘書をしていた女性カトリン。負傷兵である内縁の夫と貧しく暮らす彼女は、少しでも生活を支えようとこの仕事に懸命に取り組む。今回新しく作られる映画は、ダンケルクでの大撤退作戦で活躍したとされる民間人の双子の姉妹の物語。カトリンは同じく脚本家である同僚のバックリーと力を合わせて本を書き進めてゆくが、しかし政府からの無理な注文や、わがままを言う俳優などに散々手を焼かされ、次々と難問に立ち向かわなければならなくなるのだった。

カトリンに、『タイタンの戦い』のジェマ・アータートン。
トム・バックリーに、サム・クラフリン。
ヒリアードに、パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』 『ジャックと天空の巨人』 『パイレーツ・ロック』 『ワルキューレ』 『ナイロビの蜂』 『スティル・クレイジー』 『プリンス ~英国王室 もうひとつの秘密~』 、ドラマ『ステート・オブ・プレイ〜陰謀の構図〜』、『あるスキャンダルの覚え書き』 『アバウト・タイム~愛おしい時間について~』『経度への挑戦』 『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』 『ターゲット』 『マリーゴールド・ホテル 幸せへの第二章』『パレードへようこそ』『ブラック・レコード〜禁じられた記録〜』『ダッズアーミー』『切り裂き魔ゴーレム』 『MI5:消された機密ファイル』、舞台『スカイライト』のビル・ナイ。
エリス・コールに、『リスボンに誘われて』 『高慢と偏見とゾンビ』のジャック・ヒューストン。
サミー・スミスに、『あなたになら言える秘密のこと』『ジャックと天空の巨人』 『幻影師アイゼンハイム』 『戦火の馬』 『ベオウルフ』『シャーロック・ホームズ』『おみおくりの作法』『フィルス』『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』『切り裂き魔ゴーレム』 『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』のエディ・マーサン。
ソフィー・スミスに、『クィーン』『ファンタスティック Mr.FOX』 『カサノバ』『ヒューゴの不思議な発明』のヘレン・マックロリー。
ロジャー・スウェインに、『ペネロピ』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』『ある貴婦人の肖像』 『ゴスフォード・パーク』 『ある女流作家の罪と罰』のリチャード・E・グラント。


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第二次世界大戦中に、映画という一つの壮大なフィクションの制作に携わった主人公が、そんな毎日の中で映画さながらの波乱万丈な日々を過ごす事になる、そんなような話だ。何しろ戦争中だから、誰もが常に危険で過酷な状況下に生きているのに加え、新しい世界に飛び込んで人との出会いと別れを幾つも経験するカトリン。然しどんなに過酷な事態に陥っても、誰も映画の制作をやめない。無論、それは政府のお達しのせいでもあろうが、それ以上に作り手の映画に対する情熱や意志の力でもあったように思う。良い映画を作って人々を楽しませるのだという巖とした矜持、とでも言おうか。映画というものは観る方にとっては勿論ドラマチックなものだけれど、作る方にとっても様々なドラマがあるものなのだと実感し、いち映画好きとしてそこを面白く感じた。

主演の二人、即ちカトリン役のジェマ・アータートンとバックリー役のサム・クラフリンとは、私はほぼ初対面(勿論映画の中で、の話)だった。どんな俳優さんかな、と様子見のようにして観始めたが、すぐに彼らの世界にのめり込む事になった。二人共自然で上手くて、品性があって、そしてこの時代がとてもよく似合うのだ。然しそれも、彼ら個人の雰囲気が昔風なのではなく、この時代の物語に合わせた雰囲気を俳優として敢えて醸し出しているのだろう。カトリンの、見た目は控えめながら芯が強くてへこたれない感じ、そしてバックリーの文学青年然とした、面白いけどちょっと面倒くさい感じ、どちらにもとても好感が持てた。
とはいえ無論、私のお目当てはビル・ナイ先生。今回彼はプライドの高いベテラン俳優役という事で、ちょっと気取った台詞回しをしてみせたり、舞台裏でわがままを言ったりと、少々厄介者のきらいが無いではなかったが、それでもそこはやはりビル・ナイ先生。持ち前の愛嬌も存分に発揮して、本作の中で一際チャーミングな魅力を放っていた。

ただ、物語は少し大味だったかなと思う。作中での映画制作の進み具合も、或いはカトリンたち制作陣が苦労して過ごした日々も、大まかに、ざっくりと追っただけという感じ。この作品によって言いたい事はまあわかるのだが、それをちゃんと言い切れていないような、そんな印象を受けた。例えばある一日の流れにじっくりフォーカスするシークエンスを設けるとか、さもなければカトリンの感情をもっと起伏をつけて描写するとか、そういう何か大きなポイントが一つでもあれば、このざっくり感も薄まったのではないだろうか。




# by canned_cat | 2019-09-09 12:52 | UK映画 | Comments(0)


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2014年 USA
4 /5点満点

第二次世界大戦中の、アメリカ西海岸の小さな町。8歳の少年ペッパーは、並外れて背が低いせいで「リトル・ボーイ」とからかわれていた。けれども彼には相棒でもある最愛の父がおり、一緒に冒険ごっこをしたり、奇術を観に行ったりする平和で楽しい日々を送っていた。
然し徴兵検査で不合格となったペッパーの兄の代わりに、父親が出征しなければならなくなる。父親のいない寂しい生活の中、敵国の日本や町の日系人を恨んで過ごすペッパーとその兄。そんな中、ペッパーはある日司祭から一枚のリストを渡される。そこには日系人と仲良くする事や、困っている人々に手を差し伸べる事などが条件として書かれてあった。父が無事に帰って来ると信じてこのリストの内容を実行すれば、きっと神様が聞き届けてくれる、と司祭は言う。そこでペッパーは心に信じる気持ちを強く持ち、リストの項目を一つ一つクリアしようとするが……。

ペッパーに、ジェイコブ・サルヴァーティ。
父のジェイムズに、『ハドソン川の奇跡』、ドラマ『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』のマイケル・ラパポート。
母のエマに、『オレンジと太陽』 『戦火の馬』 『ゴスフォード・パーク』 『やさしい本泥棒』 『しあわせの帰る場所』 『ベル-ある伯爵令嬢の恋-』『ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出』のエミリー・ワトソン。
ハシモトに、ドラマ『HAWAII FIVE-0』のケイリー=ヒロユキ・タガワ。
司祭に、『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』 『ワルキューレ』 『ゴーストライター』 『グランド・ブダペスト・ホテル』『声をかくす人』『オスカー・ワイルド』『恋におちたシェイクスピア』 『真珠の耳飾りの少女』『ベル-ある伯爵令嬢の恋-』『いつか晴れた日に』『否定と肯定』のトム・ウィルキンソン。


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アメリカ人の、小さな子供の目から見た太平洋戦争の物語である。
日本人としてこの映画を観ると、なかなか辛い部分もあった。ペッパーや町の人々は、大事な家族を戦争に取られた仇である日本人や日系人を「ジャップ」と蔑んで差別し、虐げ、日本に原爆が落ちたと言っては大喜びする、そういった場面がところどころで散見されるからだ。ただまあ、無論、それはお互い様というものだろう。当時の日本で、アメリカ人やアメリカ人の血を引いた人達の扱いがどうだったか、どんな言われようをしていたか……それは想像に全く難くない。
繰り返すが、これはあくまでも幼い子供の視点による戦争のお話である。ペッパーが何をしようとそこに悪気や邪気は無く、ただただ大好きなパパに帰って来てほしい一心なのだ。だが理由は何であれ、こんな小さな幼気な子供に、よその国の人を恨ませたり憎ませたりする、その時点で戦争とは斯くも罪深いものよと思う。

とはいえ道徳心の強い司祭のお蔭で、ペッパーは宿敵日系人ハシモトとの交流を始め、次第に彼と親しくなってゆく。周りの大人達が依然としてハシモトを遠ざける中、ペッパーは素直に心と心を通い合わせて、異民族や異文化との交わり方について学んでゆく。その傍らでペッパーは、最近習得した(と思い込んでいる)奇術のパワーと信心とでもって、遠い異国にいる父が戻ってくるよう、毎日念を送り続ける。その結果がどうなるのかは見てのお楽しみだが、まあそんなようなストーリーだ。

率直に言えば、そこまで出来の良い作品ではないと思う。いや、決して悪い内容ではなかったが、さりとてストーリーテリング力は然程高いとも言えない。ただ、子供の目に映る戦争というもの、即ち人が大勢死んだり、大事な家族がいなくなったり、人と人とがいがみあったりという、そういう不安で哀しい世界を、必死に描こうとした形跡は確かに窺える。より正確に言うなら、ペッパーの瞳に映る戦争世界を、懸命に覗き込んで読み取ろうとした努力が窺えると言おうか。私としては、そこを評価したいと思う。抑々が、戦時下の暮らしなどというものは、簡単に語れたり、美しい物語として綺麗に纏め上げられたり出来るものではないのだ。そんな中に暮らす人一倍無力な子供が、彼なりに試行錯誤しながらも精一杯家族の無事を信じようとする姿。それは間違いなくひたむきで健気なものだった。
戦時中としては比較的牧歌的な描写も多く、その分見やすいとも言える本作だけれど、ラストシーン後の画面に映らないペッパーの一家のこれからには、恐らく多大な苦労が待っている事だろう。最中も物凄く大変だが、終わってからも大変なのが戦争だ。けれど、あの温かな愛情を育んでこられた彼ら一家なら、きっと苦難も乗り越えられると信じている。




# by canned_cat | 2019-08-28 05:58 | USA映画 | Comments(2)


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2018年 USA
3.6 /5点満点

1990年代にアメリカ合衆国最高裁判事となったルース・ベイダー・ギンズバーグの、弁護士時代に於ける性差別撤廃への闘いを描いた作品。
1950年代、ハーバード大学の法科に入学したミセス・ルース・ベイダー・ギンズバーグ。病気の夫の介護や子育てを日々抱えながら、女生徒が僅か9人しかいない環境の中で必死に勉強を積んだ彼女は、卒業後に弁護士として活躍するべく幾つもの法律事務所を受けるが、女性であるという理由で全て不採用に終わった。仕方なく彼女は大学で教鞭を執る事とし、法律と性差別に関する講義を行う。
そんな中、税法に関する弁護士であり彼女と志を同じくする夫のマーティンが、ある興味深い案件を彼女の許に持って来る。それは働きながら母親の介護をしているある男性の依頼で、介護士を雇う費用の分の所得控除が受けられず困っているというものだった。介護者の所得控除は、当時アメリカでは「女性、妻と死別した男性、離婚した男性、妻が障害を抱えている男性、妻が入院している男性」に限られていた。ルースとマーティンは、これを独身男性が介護者になる道を阻む性差別と判断。そしてその訴訟を起こし、法の下の性差別をなくす第一歩にしようと考えた。本来、法律を違憲だとする裁判に勝訴するのは難しい事だが、性差別の被害者が男性ならば勝機はあると、彼女達は考えたのである。然しいざ裁判に持ち込む段階となると、今まで法廷弁護士としての経験がないルースには、問題が山積みとなってしまい……。

ルース・ベイダー・ギンズバーグに、『MI5:消された機密ファイル』のフェリシティ・ジョーンズ。
マーティン・ギンズバーグに、『フリー・ファイヤー』『コードネーム U.N.C.L.E.』『ジャコメッティ 最後の肖像』『君の名前で僕を呼んで』のアーミー・ハマー。
ジェームズ・ボザースに、『What Richard Did』『フリー・ファイヤー』『シング・ストリート 未来へのうた』 『ローズの秘密の頁』のジャック・レイナー。



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世界のどこを見ても、今も男女は完全に平等ではない。性差別も至る所に存在する。が、我々一人一人の暮らしの中に性差別が存在するからといって、法がそれを容認しては決してならない。法律というものは、市民に率先して、あらゆる差別や不平等を取り除いていく存在でなければならないと思う。
法の下の性差別は、昔から見れば、今は確かに減っているのだろう。然しそれは、自然に減ったわけでは勿論ない。長い歴史の間に、ルースやその周辺の人々のような人間が声を上げ、不当性を訴え、そして権利を勝ち取って来たから減ったのだ。日本でも選択的夫婦別姓が認められていないなど、法の下の性差別は今でも存在するけれど、だからといってこの戦いを止めてはならないし、法律が変わる事や、人々の認識が変わる事に対して、私達は希望を持ち続けるべきである。

というような事を考えさせられる映画であった。本作の体裁はルースの伝記映画という形をとっているが、主題は1970年代にルースが提起した男女平等を巡る訴訟にある。その為、物語の前半部分はやや駆け足でルースの人生を追う形となってしまっている。学生時代から、彼女が実際に「女性である」というだけの理由で受けて来た不当な扱いや、経験してきた苦労は文字通り測り知れないだろうに、そこはある程度簡潔な扱いで済まされている。したがってこの映画は、ルース・ベイダー・ギンズバーグの伝記映画と捉えて鑑賞しない方が賢明かもしれない。彼女の人生の伝記を観たいなら、恐らくドキュメンタリー映画の『RBG 最強の85才』の方が適しているだろう。本作に関しては、あくまでもルースが70年代に初めて法廷で闘ったある裁判の記録、そう捉えた方が良さそうだ。
感心するのは、彼女もマーティンも、性差別を「女性差別」という意味だけに限定して考えていない点である。男性が男性であるという理由で差別されても、それも勿論性差別であるし、性差別からの解放は女性のみならず男性をも自由にする、そういう観念が二人共に備わっているのだ。あの時代に、あの年代の人が、進歩的且つ理に適った理念のもと、夫婦で息を合わせて法の下の性差別に闘いを挑む、その姿は見ていて非常に気持ちが良かった。また、そんなファイターであるルースにはフェリシティ・ジョーンズが、そして彼女を正確に理解し100%応援するマーティンにはアーミー・ハマーが、とても似つかわしく思えた。

然しである。そうは言ったが、本作の映画としての出来は、それはそれは酷いものだった。前半の駆け足具合はまあ仕方ないにしても、台詞には切れ味がないし、肝心の裁判は魅せ方も間の取り方も下手だし、最後は字幕での説明(伝記映画にありがちなやつ)に結果を丸投げして終わるしで、終始全く創意を感じられなかった。実話がベースになっているからといって、その上に胡坐をかいてはいけないと私は思う。仮にも映画を1本つくるなら、それなりの信念とオリジナリティと創意工夫が必要だろう。なのに本作にはそのどれも見受ける事は出来ず、非常に残念であった。
あと、そう、邦題!! これも酷い!! 原題は「On the Basis of Sex」、即ち「性別に基づいて」。そりゃこのままのタイトルにはしづらいだろうけど、何か……何か他にあるでしょ。この邦題では、ルースの闘いが貶められているように感じてしまう。どうにかして、性別か性差別の文字をタイトルに入れられなかったものだろうか。それが難しいなら、せめてもう少し彼女の人生に対して誠実なタイトルに出来なかったものだろうか。




# by canned_cat | 2019-08-22 23:05 | USA映画 | Comments(0)

『家へ帰ろう』


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2017年 アルゼンチン・スペイン
4 /5点満点

ブエノスアイレスに住む仕立て屋の老人・アブラハムは、ある時重い病気を患っている片方の脚を切断しなければならなくなる。おまけに日頃から情の薄い子供達には勝手に老人ホームへの入所を決められ、いずれも不服としたアブラハムは、誰にも内緒で秘かに家を出、旅に出た。行き先はポーランド。彼は元来ポーランド生まれのユダヤ人であり、戦時中にはホロコーストの被害を受けてもいた。だが当時そんな彼を救ってくれた古い友人を訪ね、嘗ての約束を果たそうと考えたのだ。
アルゼンチンからの直行便はなく、アブラハムはまず飛行機でスペインへ渡り、そこから列車でポーランドへ向かう事となった。然し幾つもの困難やトラブルが彼を襲い、それでも様々な人との出会いのお蔭で、どうにか旅を続けてゆくアブラハムだったが……。

アブラハムに、ミゲール・アンヘル・ソラ。


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序盤はコミカルなテンポで幕を開けたこの映画。そのままコメディタッチの朗らかなロードムービーになるのかなと思いきや、途中からは思いの外シリアスな物語が展開された。尤も、ホロコーストのサヴァイヴァーであるユダヤ人が、半世紀以上ぶりに意を決してポーランドへと向かう話なのだから、それも当然の事と言えよう。但し本作の主眼は基本的に「ロードムービー」の方にあり、ホロコーストの直接の描写はないし、戦前や戦後間もない頃の回想シーンと、アブラハムの語りによってのみ、戦争が描かれる。つまり惨いシーンはほぼ無いと言って良いのに、この悲劇の悲惨さと主人公が心に負った傷の深さは、強烈に感じられる作りになっていた。

アブラハムは、ユーモラスで飄々とした性質も持ち合わせているが、その一方で物凄く頑固な性格でもある。今や殆ど動かない片足の切断を頑なに嫌がり、家を売る事も老人ホームに入る事も頑として受け付けず、結局家族に黙って恐らく人生最後であろう旅に出てしまう。けれども、脚の手術を拒否したのも、老人ホームに入りたがらなかったのも、そうなってしまうとポーランドに行けなくなってしまうからだったのかもしれない。アルゼンチンに渡って以来一度も果たせなかった昔の友との再会、彼はそれを果たさないまま終わらせる気はなかったのだ。
然し、ここで私は考える。アブラハムは本当のところ、今まで約束を「果たせずに」いたのだろうか、それとも「果たさずに」いたのだろうかと。何故なら彼は、戦争によってそれはもう地獄を味わわされたせいで、「ポーランド」という名前を口にすらしないからだ。人に伝える時は、紙に「ポーランド」と書いて渡す程の徹底ぶりである。その上、スペインから陸路でポーランドへ行くにはドイツを通らねばならないのだが、ドイツに至ってはその名前を口にしないどころか……まあネタバレ気味になってしまうので詳細は伏せるけれど、もう兎に角忌み嫌っているのだ。そこまで頑なにあの戦争と繋がるものを拒絶するエイブラハムなのだから、ひょっとしたら彼は、今までは記憶を封印するようにして、ポーランド行きも避けて生きて来たのかもしれない。でもここへきて、脚を失い家も失うという人生の終焉を感じさせる事態に直面し、彼は覚悟を決めて旅に出たのだろう。

斯くして、帰りの切符も買わずに乗り出した長い旅路。脚の悪いお年寄りにはただでさえ過酷な旅なのに、かてて加えて盗難被害にあったり、言葉が通じなかったり、思ったように列車を乗り継げなかったりと、幾つもの災難が彼に降りかかる。然しそんな中、彼が出会う人々がなかなか面白い存在となる。どの人も皆、うんと親切な人達ってわけじゃないけれど、人間味も温か味もある人達だ。それはアブラハム本人にも言える事である。彼も素晴らしい人っていうわけじゃないものの、やはり心に温かい温度を持った人なのである。そんな彼が類友を呼び寄せたのかどうかは知らないが、兎も角あちらこちらで人との出会いに助けられ、アブラハムは無事ポーランドまで辿り着き、一世一代の旅を終える事が出来る。

アブラハムを演じた俳優さんが、顔の皺の一本一本にまで演技力を感じられるような、物凄い個性と引力を持った人だった。他のキャストも、例えばホテルの女主人のマリアや飛行機の青年レオなど、非常に印象深い面々が揃っていた(特にマリアの色気、どこかあだっぽい熟年の魅力は本当に素敵だった!)。
ただ問題は、原題にもなっている「El último traje=最後のスーツ」の部分である。アブラハムは最愛の旧友に、仕立て屋としての最後の仕事、即ちスーツを一着仕立ててプレゼントする事にしたらしい。が、その経緯も、そこにどんな思い入れがあるのかも、それがどんなスーツなのかも、一切描かれずに終わるのだ。もっと言えば、仕立て屋としてのアブラハムの描写も全くないので、抑々彼が仕立て屋である必要性が感じられない。にも拘わらずそのスーツは、原題に登場するばかりか、彼が旅の間中後生大事に抱え続ける重要なアイテムだ。その扱いがこれでは、ちょっと納得がいかないなと思う。




# by canned_cat | 2019-08-20 13:35 | スペイン(系)映画 | Comments(0)


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2018年 アイルランド・USA・UK
4 /5点満点

18世紀初頭、フランス王国との戦時下にあった英国。時の女王アンは、幼い頃からの親友であり側近のマールバラ公爵夫人・サラを公私共に頼り切っていた。政治もサラの言うがままに行い、今や宮廷でのサラの権力は絶大なものになっていた。
そんな折、サラの親戚にあたるアビゲイルという若い娘が、彼女を頼ってやって来る。以前は上流階級にあったアビゲイルだが、現在では家が没落し、仕事を求めて王宮に来たのだった。洗い場の女中になったアビゲイルは、然しあるきっかけにより、サラの侍女へと昇格する。そして当初は上手く行っていたサラとアビゲイルの仲も、軈てアンがアビゲイルを重用するようになった事で一変。サラとアビゲイルは、女王の一番の寵愛を巡って禍々しい闘いを繰り広げるようになる……。

監督は、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』『ロブスター』のヨルゴス・ランティモス。
サラに、『ブラザーズ・ブルーム』 『ナイロビの蜂』 『360』『スターリングラード』『MI5:消された機密ファイル』 『ロブスター』『否定と肯定』のレイチェル・ワイズ。
アビゲイルに、『教授のおかしな妄想殺人』『マジック・イン・ムーンライト』『ラ・ラ・ランド』のエマ・ストーン。
アン女王に、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』『私が愛した大統領』 『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』『ロブスター』『カムバック!』のオリヴィア・コールマン。
マールバラ公爵ジョンに、ドラマ『SHERLOCK』、『否定と肯定』のマーク・ゲイティス。


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今最も勢いのある映画監督の一人、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス。常に不気味で不吉な映画を撮る超個性的な監督だが、芸術性は高いし、私は結構好きである。

そんな彼の最新作である本作は、何しろ何処へ行っても良い評判しか聞かなかった。曰く美術が極めて美しく、そしてメインキャラクターを演じた3人の女性の演技合戦が凄いというのだ。そこでかなり期待して私も観てみたわけだが、結論から言うと、思った程良くはなかったかな、という感じだった。
いや、相変わらずの個性的な語り口は面白い。例えば物語が幾つもの章立てで構成されていて、しかも一つ一つの章のタイトルが抜群に風変りなところとか。或いは、魚眼レンズで撮影した映像が所々に挟んであって、宛ら宮廷のスキャンダルをドアの向こうの小さな魚眼レンズから覗き見しているような、物見高い気持ちにさせるところとか。はたまたお馴染みの、この監督にしか意味のわからない変態的なシーンとか。監督お得意の、作為に満ちた作風は今作でも健在だ。勿論、女優陣の演技も良かった。三人共腹の据わった大胆な演技力を披露していて、まあレイチェル・ワイズやオリヴィア・コールマンはそれで当然としても、エマ・ストーンなどは新たな一面を見せてもらった思いだった。
ただ、個人的に少々不満なのは、この映画の視点の古さだ。味付けは確かに個性的だし、美術や映像は凝ってもいるが、結局は「女同士のドロドロした醜い争い」の話なんである。”女同士の争いって、陰湿だし、ドロドロしててコワイよね”。そういう物の見方は昔から頑として存在しているけれど、私個人は至って懐疑的だ。陰湿でドロドロしてる男性の争いだって世の中には山ほどあろう。にも拘わらず、それを女性「だけ」の特徴だと決めつけて、それ以外の可能性を考えようとしない怠惰な態度は、私は好まない上に古臭いと思っている。そんな中にあってこの映画も、サラやアビゲイル個人の争いを描いているというよりは、やはり女性全体の恐ろしさを物語りたがっているような気がしてならない。台所女中のイジメも、気分の浮き沈みが激しくヒステリックなアンの性質も、あの可愛らしいウサギたちも、みんな女性性の特徴として描いているようにしか見えないのだ。だとすれば、それは「古い」以外の何ものでもない。
また、史実を扱った映画でありながら歴史的出来事には一切関心を払っていないところも、個人的にはあまり評価出来ない。本作では歴史上の人物を扱いつつ、歴史そのものをほぼばっさりと切り捨てている。潔いとも言えるかもしれないが、勿体ないとも言える。もっと歴史的背景を取り込んで活かした物語にした方が、ストーリーに奥行きが出て面白かったのではないだろうか。

サラ、アビゲイル、アン。三つ巴の愛と欲望のドラマを演じながら、彼女達が求めていたものはそれぞれに違う。相思相愛に見えたサラとアン(因みにこの場合の愛は、肉体関係も含んでいる)は、実際にはサラの片想いに近いだろうと私は思っている。誰かに、或いは大勢の人に愛されたかったのがアンで、アン一人を愛したかったのがサラなのだ。他方アビゲイルはどうかというと、彼女は上流階級に返り咲く事しか目的としていない。過去の憐れな境遇から、彼女は愛などというものを端から信じていないし、肉体なら容易く犠牲に出来てしまう人物だ。作中では、結果ある人物が王宮を去り、ある人物が残る事になる。が、彼女達に良い未来が待ち受けていない事は火を見るより明らかである。




# by canned_cat | 2019-08-15 01:22 | その他地域映画 | Comments(0)