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『ある貴婦人の肖像』


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1996年 UK
3.9 /5点満点

原作はヘンリー・ジェイムズの小説『ある婦人の肖像』。
監督は『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオン。
舞台は19世紀。アメリカ生まれの主人公イザベルは、両親を亡くして以来、英国の名家の親戚・タチェット家に寄寓していた。明るく利発で美しい彼女は、多くの男性から好意を寄せられ、貴族の紳士からも求婚される。けれども進歩的な考えの持ち主であったイザベルはそれらを断り、生涯独身でも良いから自立した女性として自由に生きていたいと願う。ヨーロッパに憧れを持つ彼女は、もっと広い世界を見て、見聞や教養を深めたいと思っていたのだ。アメリカ時代の恋人のキャスパーもわざわざイザベルを追って英国までやって来たのだったが、彼女の旺盛な自立心の前では敢え無く玉砕。また、従兄のラルフ・タチェットもイザベルを深く愛していたものの、彼は結核を病み長生きは出来ない身の上であった事から、イザベルの意志を尊重し、恋心は胸に秘めたまま身を引くのだった。
ところがイザベルは、ある時旅先のイタリアで出会った中年の好事家、オズモンドとあっさり結婚を決めてしまう。オズモンドは芸術を愛好し、教養があり、自由な思想を持った理想的な男性だった。イザベルが尊敬する貴婦人、マダム・マールが結婚を勧めてくれた事も、彼女には決め手となった。この衝撃の展開に動揺と落胆を隠せないキャスパー、そしてラルフ。彼らはイザベルに詰め寄るも、断固として決心を変えずオズモンドと結婚し、ローマへと渡るイザベル。ところが、幸せな結婚生活は束の間に終わり、オズモンドは次第に本性を現し始める。彼の目的はイザベルの財産だけで、この結婚は彼の長年の恋人であるマダム・マールと共謀して仕組んだものだった……。

イザベルに、『ビリー・バスゲイト 』『白いカラス』『ペーパーボーイ 真夏の引力』のニコール・キッドマン。
オズモンドに、『コン・エアー』『ラウンダーズ』『ナチスの墓標 レニングラード捕虜収容所』 『仮面の男』のジョン・マルコヴィッチ。
キャスパーに、『善き人』『偽りの人生』 『危険なメソッド』 『アラトリステ』 『オン・ザ・ロード』『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのヴィゴ・モーテンセン。
ウォーバートン卿に、『ペネロピ』『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』のリチャード・E・グラント。
タチェット氏に、『月下の恋』『シャイン』のジョン・ギールグッド。

以下、ネタバレあり。


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パルム・ドール受賞監督ジェーン・カンピオンの作品ということで、質の良い映画ではあった。シリアスで、この種の文芸作品に相応しい品と落ち着きとを具えているが、その奥に燃えるような激情を常に潜ませているあたり、まさしく『ピアノ・レッスン』を髣髴させる。原作の『ある婦人の肖像』は私は未読だけれど、名高い小説である事は聞き知っている。クラシカルで折り目正しい本作は、恐らく原作の世界観に対してもきちんと敬意が払われているのではないかと思う。

オズモンドと結婚してからのイザベルは、夫の支配と抑圧を受け続けた結果、あの溌剌としていた娘時代の姿が嘘のように悄然とし、内気な女性になっていく。キャスパーがまたも彼女を追ってローマにやって来るが、イザベルは最早彼と目を合わせようともせず、頑なに心を閉ざし続ける。典型的なDV被害者の女性の姿だ。またこの、マルコヴィッチ演じるオズモンドが怖い怖い。お得意の怖ぁ~くて嫌ぁ~なマルコヴィッチ調が全開で、彼は極端に暴力を振るうわけでも怒鳴り散らすわけでもないのに、恐ろしいほど静かに、冷酷に相手をいたぶるのである。嗚呼、『仮面の男』のときのマルコヴィッチはあんなに素敵だったのに……。
それでもラルフの危篤の報せを受けたイザベルは、どうにか夫の制止を振り切って英国に帰る。そこで初めてラルフの自分への愛を知り、真実の愛に気付くイザベル。だが間もなくラルフは死に、彼女が絶望しかけたところに、再びキャスパーが迫る(めげないよなぁこの人!)。キャスパーを拒み切れないイザベルではあったが、この時代、女性が離婚するのは容易な事ではないはず。たのみのラルフはもういないし、オズモンドの存在も怖いし、そして自分と同じようにオズモンドに抑圧された人生を送っている義理の娘(オズモンドの先妻の子)パンジーの事も気掛かりではあり、さりとてキャスパーにも心が揺れるし、私は一体この先どうしたら……というところで映画は終わる。つまりこの時代の一人の若い女性の胸裡に去来する、愛、苦悩、戸惑い、熱情、岐路、そういったものを描いた作品のようだ。
その主人公にニコール・キッドマンを持ってきたのは良かった。彼女はなんといっても表情が「強い」。瞳も、口元も、凛然とした強い印象を与え、オズモンドに抑圧された状態にあっても、揺れ動く眼差しやサッと頬に差す紅みに、感情の昂ぶりがよく覗える。それでいてたおやかさも併せ持つ彼女は、イザベル像にたいへん似つかわしく、その心情を活写するにぴったりの配役だ。その他の登場人物にも、品があって味もある俳優陣を据えてあり、キャスティングは申し分なかった。

ただ作品の全体的な雰囲気は良くとも、お話の中身には個人的にあまり興味を惹かれなかった。結局のところイザベルは、利発ではあってもただの世間知らずな若いお嬢さんでしかなかったわけである。進歩的なポリシーを勇ましく語ってみせながら、オズモンドみたいな悪い男にコロっとやられ、ラルフの気持ちもマダム・マールの陰謀にも全く気付いていなかったあたり、彼女には周りが全然見えていない。選択肢が限られていた時代の女性としては大いに同情を覚えるけれど、なんというか、その利発さをもう少し現実の世界に活かして生きれば良かったのに、お気の毒よねぇという感じ。
物語の展開にしても、ラルフ、キャスパー、オズモンド&マダム・マール、パンジーの間でイザベルが等しく右往左往するだけで、どれか一つ「これ」という核がなかったように思う。あるいは本作は、英国のクラシック文学の香りや、美術や世界観など、様式美を楽しむための映画なのかもしれない。




by canned_cat | 2015-01-27 21:28 | UK映画 | Comments(0)