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『ブロークン』


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2012年 UK
4.8 /5点満点

UKの気鋭の演出家、ルーファス・ノリスによる佳作インディペンデント映画。映画監督としてはまだ知られていないが、彼は舞台の世界では数々の受賞歴があり、来春よりロイヤルナショナルシアターの芸術監督に就任する事が決まっているそうだ。
原作は、『アラバマ物語』にインスパイアされて書かれたというUKの同名小説。
主人公の父親のアーチーに、『レザボア・ドッグス』『パルプ・フィクション』『フォー・ルームス』『海の上のピアニスト』『コッポラの胡蝶の夢』、ドラマ『ライ・トゥ・ミー 嘘は真実を語る』のティム・ロス。

そういえばティム・ロスってイギリス人だったっけ、と思い出す。今までアメリカをはじめとする大陸系資本の出演作ばかり見てきたせいだろう。
ご近所トラブル、と言うと響きが軽くなってしまうが、本作は深刻なご近所トラブルを題材にした社会派作品である。否、其々の家庭内の問題が近隣に飛び火してしまった話と言うべきか。
登場するのはUK郊外の住宅地に住む、カニンガム家・バックリー家・オズワルド家の三家族。バックリー家には、精神状態が不安定で引き籠りがちな青年と、過保護気味なその両親が暮らす。オズワルド家は父子家庭で、父親と三人の娘がいる。父親は妻を亡くした悲しみと男手一つで家庭を支える苦労から、盲目的に娘たちを溺愛し、且つヒステリックに過干渉する。そのせいか娘たちは三人揃って手のつけられないような不良娘に育ち上がっている。
このバックリー家とオズワルド家が、あらぬ誤解から衝突し傷害事件が起きるところから、物語はスタートする。そしてそこに、主人公一家であるカニンガム家が巻き込まれていくストーリーだ。
カニンガム家も父子家庭で、主人公である11歳の少女スカンク、兄のジェド、父親のアーチー、オペアの女性・カシャの4人暮らし。アーチーは子供達を深く愛しているが、多忙な弁護士でもあり、きちんと子供の言うことを聞いてやれない(やらない)時もある。折しも新学期を迎えたスカンクは中学校へ進学し、慣れない環境に加えてオズワルド家の娘からいじめも受け、理不尽な思いを抱えていく。
が、ここに一つこの作品の大きな特徴がある。それはスカンクに糖尿病の持病があるということだ。生まれた時から死と隣り合わせに生きてきたスカンクは、どこか浮世離れした少女。その彼女の視点で語られていくことで、この物語は俄然ファンシーな色彩に染め上げられてゆく。


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なにしろこのスカンク役の女の子が素晴らしい。演じているのはエロイーズ・ローレンスさんという、フィルモジェニックな雰囲気をこれでもかと湛えた逸材だ。雰囲気ばかりでなく、卓越した演技力の持ち主でもある。
彼女の洗いざらしのようなプレーンなおかっぱの髪も好もしいし、スカンクという名前も気が利いている。後でわかるのだが、どうやらスカンクというのは彼女の通称だったらしい(当たり前か)。「個性的」を絵に描いたようなその性格もチャーミングだ。
こうしたテイストは、欧米の少女文学の正統的ヒロイン像と言えるかもしれない。彼女たちはいつだってブロンド美女の優等生では有り得ず、たいてい赤毛だったり縮れ毛だったりそばかすがあったり、風変わりな性格をしていたり、変な物を蒐集していたり変な癖があったり――そうやってすぐ鼻に皺を寄せるのはおやめなさい、なんてママに言われたりする――、それでいて案外自分の事が嫌いじゃなくて、鏡の前で縮れた髪をちょっと引っぱってみせながら、"でも、このはしばみ色の瞳はちょっと素敵だと思うの"なんて考えたりする。スカンクも、どちらかというとそういうタイプだ。そして、そういうのは私は嫌いじゃない。
所々で挿入されるスカンクの唄うガーリーな歌が、シリアスなこの作品をものやわらかにしてくれている。時折カシャッカシャッとコラージュのように彼女の心象風景が挟まれるのも印象的で、監督のセンスを感じた。恐らくこの監督、写真が好きなのだろう(尤も、写真が嫌いな映画監督なんていないかもしれないが)。英国らしい皮肉めいたユーモアも冴えていた。

然し、幾らガーリーだのファンシーだのと言っても、この作品の基本は非常にシビアだ。残酷な刑事事件も起きるし、家族愛、とりわけ親子関係に於ける大切なテーマが扱われている。
切ないのは、登場人物に本当の悪人は一人もいないところだ。
一見相当タチが悪く思えるオズワルド三姉妹も、まだティーンエイジャーであることを思えば親の育て方の方に問題があると考えるべきだし、彼女たちは彼女たちなりに、いつも寄り添い合って暮らしている。当の父親だって心底娘たちを愛しているのには違いなく、一人で家族を背負い、せっせと家事をこなす姿にはその苦労ぶりが偲ばれる。リック・バックリーとて、彼はあんなにも自分に怯えているではないか。きっとずっと自分を責め、許しを願ってきたのだ。カニンガム一家は言うに及ばず(ジェドなんて、生意気がっている割にあんなに可愛らしいニット帽をかぶっている!)。
正直なところ辛いシーンも多く、あまり精神衛生上に良い映画ではないかもしれない。ただ、見る価値のある映画であることは間違いない。「BROKEN」という、端的にして玄妙なタイトルも秀逸である。

日本では12月末にDVDが発売されるとのこと。
ノリス監督の次回作にも、大いに期待を寄せている。



Commented by マカロン at 2015-01-11 20:48 x
初めまして。
この映画が気になって、情報を検索していたらこちらにたどり着きました。
私はキリアン・マーフィーさんがけっこう好きなのですが、この映画ではどんな感じだったんでしょうか。画像だけ見ると、なんだか変わった(?)役みたいですが…。教えていただけると嬉しいです。良さそうな映画ですね(^_^)
Commented by canned_cat at 2015-01-11 22:44
マカロンさま

初めまして。お越し下さって有り難うございます^^
ごめんなさい、そうですよね!キリアン・マーフィーさんをすっかりスルーしてしまっていました(汗)。
いや、良かったですよ~キリアン。彼が演じるマイクはカシャのボーイフレンドで、且つスカンクの学校の先生でもあり、カニンガム家とは家族ぐるみのお付き合い。スカンクも彼によく懐いています。が、マイクもまた一連の事件に巻き込まれてしまい、あのようなお姿になるわけです。
特に変わった役でも、目立つ役でもないですが、このお話を脇でしっかり支えてくれていたという印象です。基本的に、殆どの登場人物が身内やご近所さんで構成されている中で、彼だけちょっと離れた存在の「他人」なんですよね。そうやって一つ他人の視点が介入することで、ストーリーがぐっと引き締まったのではないでしょうか。

私はこの映画で初めてキリアン・マーフィーさんにお目に掛かったのですが、忽ち気になる存在になってしまいました^^
Commented by マカロン at 2015-01-17 21:43 x
こんにちは。お返事ありがとうございました。お礼を言うのが遅くなってすみません。
猫缶さんのお話を聞いて、この映画を観てみました。すごくよかったです!つらい内容なんですけど、考えさせられる映画で、でもどこかあたたかくて…。主役の女の子の才能は素晴らしいですね。私も、この監督さんの作品をもっと観たくなりましたo(^-^)o
Commented by canned_cat at 2015-01-17 22:58
マカロンさま

こんにちは^^ご丁寧に有り難うございます。
良い映画ですよね。この手のシリアスな作品は他にも沢山ありますが、この映画には独特の個性を感じました。「つらい」部分に関しても丁寧に丁寧に作られてあって、だからあの温かみが出るのかなと思います。
エロイーズ・ローレンスさんは滅多にいないような人材ですよね! ノリス監督同様、彼女にも他の作品でお目に掛かれる事を願っています。
by canned_cat | 2014-10-26 21:29 | UK映画 | Comments(4)